「群龙(龍)无(無)首」 易経から出たこの言葉は、グループや組織にトップがいないことをさし、ゆえに、物事を成し遂げるのが難しいという、現在ではマイナスの意味で使われていますが、易経の中では、以下のように「吉」とされています。 《周易》“乾卦”的卦爻辞,却说“用九,见群龙无首,吉。” 多くの解説がありますが、学者の中には、“群龙无首”には平等、大同の思想が読み取れるというものもあります。 例えば、著名な哲学者熊十力は《礼记》中の大同社会,“大道之行,天下为(為)公”という思想こそ、その原点は“群龙无首”にあると言っています。 春秋太平の世にあって,一人一人が君子の行いをしたら、龍たちが群れているという状況になる。 上下の差も人種の差別も、国境もなく、人々が自由で平等で、横暴な政治をして庶民の上に立つ者もいない状況こそ,「无(無)首」だと。 なんだか、ジョン・レノンのイマジンを連想しますね。 私もこんな世界を夢想しますが、日本のこれからには、すべての人が男神、女神として その役目に輝きつ、互いに助け合いつつ、地球に平和な世を創っている、そんなイメージを持っています。
カテゴリー: 易経の学び